三日坊主でも良い――3日続いたら、それはもう立派な習慣の始まり

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三日坊主を否定的に捉えがちですが、実は三日続けること自体がとても価値のあることなのかもしれません。家族やペットとの体験から見えてきた、継続の新しい捉え方について書いています。

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はじめに

皆さんは「三日坊主」という言葉にどのような印象をお持ちでしょうか。私も含めて多くの方が、この言葉を聞くとネガティブな印象を持たれるのではないでしょうか。でも、最近になって気づいたことがあるんです。

実はですね、中学生の息子が「今度こそは毎日勉強する」と宣言してから、ちょうど三日目の夜でした。妻が「また三日坊主かしら」とつぶやいているのを聞いて、ふと思ったんですね。でも、なんというか、三日って本当に短いのでしょうか。

考えてみると、何もしなかった状態から三日間続けるということは、実はとてもすごいことなのかもしれません。今回は、この「三日坊主」について、プログラマーとしての視点も交えながら、少し違った角度から考えてみたいと思います。

三日間の重み――子どもたちから学んだこと

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息子の勉強の件で気づいたことがあるんですが、三日間というのは思っている以上に長いものなんですね。私たちの家では、保護犬ちゃんと保護猫ちゃんがいるのですが、この子たちに新しい習慣を身につけてもらうときも、だいたい三日が一つの節目になるんです。

例えばですね、新しい散歩コースに慣れてもらうとき、一日目は警戒して歩こうとしない、二日目は少し慣れてくる、そして三日目になると「あ、これが新しい日常なんだ」という顔をするんですね。これを見ていて、三日というのは生物にとって「変化を受け入れる」ための最低限の期間なのかもしれないと思うようになりました。

プログラミングの世界でも似たようなことがあります。新しいプログラミング言語を学ぶとき、一日目は文法に戸惑い、二日目は少し書けるようになり、三日目になってようやく「この言語の特徴」が見えてくるんです。三日続けられたということは、その新しいことを脳が「学習する価値がある」と判断した証拠なのかもしれませんね。

「継続」の本当の意味を考え直す

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妻とこの話をしていたときに、面白いことを言われました。「継続って、毎日やることじゃなくて、やめないことなんじゃない?」と。これを聞いて、なるほどなと思ったんです。

私たちは「継続」というと、どうしても「毎日欠かさず」というイメージを持ってしまいがちです。でも、考えてみると、三日やって一日休んで、また三日やって、というリズムでも立派な継続ですよね。むしろ、完璧を求めすぎて最初の挫折で完全にやめてしまうより、「三日坊主を何回も繰り返す」方がずっと価値があるのかもしれません。

技術的な話になりますが、ソフトウェア開発でも同じようなことがあります。完璧なコードを一度で書こうとするより、動くコードを書いて、改善して、また改善して、という反復的なアプローチの方が最終的には良い結果につながることが多いんです。これを「アジャイル開発」と呼んだりしますが、まさに「三日坊主の繰り返し」のような考え方なんですね。

皆さんも、完璧な継続よりも「やめない継続」を意識してみると、案外楽になるかもしれませんよ。

三日の積み重ねが生む意外な力

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もう一つ面白い発見があったんです。息子の勉強を観察していると、三日続けた後の「一日休み」が、実は学習内容の定着にとても重要だということに気づきました。一日空けることで、それまでに学んだことが整理されて、次にまた始めるときには前回より少し楽になっているんですね。

私自身の経験でも、新しい技術を学ぶとき、集中して三日間取り組んだ後に少し間を空けると、不思議と理解が深まっていることがあります。脳科学的には「記憶の固定化」という現象らしいのですが、三日坊主の「坊主」の部分にも意味があるということなんですね。

それから、これは保護猫ちゃんを見ていて思ったことなんですが、新しい環境に慣れるとき、最初の三日間で「安全な場所」を見つけて、次の三日間で「興味のある場所」を探して、という風に段階的に適応していくんです。人間も同じで、新しい習慣を身につけるとき、三日という単位で段階的に進歩していくのが自然なのかもしれません。

こう考えると、三日坊主って実は「学習の一つのサイクル」なんですね。問題は三日でやめることではなく、そこで完全に諦めてしまうことなのかもしれません。

おわりに

今回は「三日坊主」について書いてみました。書いていて改めて思ったのは、私たちは「継続」に対して少し厳しすぎるのかもしれないということです。

三日続いたということは、その活動に価値を見出したということですし、三日間の経験は確実に私たちの中に蓄積されています。完璧な継続を目指すより、「三日坊主を誇りに思う」くらいの気持ちでいる方が、結果的に長く続けられるような気がします。

皆さんも、何か新しいことを始めて三日続いたら、ぜひ自分を褒めてあげてください。そして、もしそこで一度止まってしまっても、「三日坊主達成!」と思って、また新しい三日間を始めてみてはいかがでしょうか。

もしよろしければ、皆さんの「三日坊主体験談」や「実は長続きしている三日坊主」があれば、コメントで教えていただけると嬉しいです。きっと多くの方が共感できるお話になると思います。

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